こんにちは。コーポレートコミュニケーション部の國井です!
日差しが強くなり、夏の訪れを感じられる日が段々増えてきましたね。
そろそろブログを投稿したいけれど、一体皆さんはどんなことに興味を持ってこのブログに来てくださっているのだろう…と思い、これまでのブログを改めて見返してみました。
このつなぐブログで一番閲覧数が多い記事は、2018年に投稿した「医療用縫合糸とは ー素材の種類と使い方の違い」です。
これから医療用縫合糸に関わる方が「縫合糸っていったいどんなものなんだろう?」と気になって検索をし、縫合糸について簡潔にまとまっているこの記事にたどり着くのではないかと思います。
河野製作所で主に扱っている製品は針付縫合糸です。
糸についてまとめた記事は人気だけれど、そういえば針についての記事ってない…
ということで、本日は
「手術用の縫合針ってどんな種類があるんだろう?」「針はどうやって使い分けているんだろう?」
といった疑問を解決するべく、手術用の縫合針についてまとめてみました。
気になる項目だけ読みたい!という方は目次をクリックしてください。
医療用縫合針の構造
この記事を読まれている方はご存知な方も多いかと思いますが、手術で使用する縫合針の多くは、一般的な手芸などで使う針とはずいぶん異なる形状をしています。
まず一つ目の特徴として、針付縫合糸は針と糸がつながった状態で販売をしています。 それにより手術の際に針に糸を通す手間を省き、また使用中に糸が抜けてしまうことを防ぎ、スムーズに手術を進めることができます。
また、針の形状が弓のように弯曲していることも大きな特徴です。 手芸用の糸の場合は布を回したり、縮めたりして縫い進めますが、手術の場合患者さんを動かすことは出来ません。そのため、手首を返すだけで簡単に縫い進めることができるように針に弯曲がついているのです。
手術では部位や用途によって、使いやすい弯曲度合いや大きさ、針先の形状などが異なります。そのため様々な構造を組み合わせた針を製造しており、当社ではその数3,000種類以上にものぼります。 また、縫合針のみで販売することや、直針と呼ばれる一般的な針に近い形状の針も存在します。
弯曲の違い -強強弯から弱弱弱弯まで
弯曲は、縫う組織の厚さや、縫いたいところの深さで使い分けています。例えば、皮膚の少し下の組織を縫いたいときには弱弯のほうが好まれますが、医師の好みによるところも大きく、当社では自由に選んでもらっています。
弯曲の大きさは弱弯・強弯といった呼び方の他、弱弯=3/8 Circle(135°) 強弯=1/2Circle(180°)といったように、円を1Circle(360°)とした場合の弯曲の割合で表現することもあります。
以下は代表的な弯曲の一覧です。当社では0度から225度の間であれば、ここに載っていない弯曲の針も作ることができます。
当社の特徴的な弯曲には弱弱弱弯があります。
一般的には弱弱弯という1/4Circleの弯曲が一番小さなものですが、弱弱弱弯はそれよりも更に弯曲が小さく、なんと1/5Circleです。非常に小さな弯曲ですが、このわずかな弯曲によりただの真っ直ぐな針では成し得なかった運針のしやすさを実現できました。
この弱弱弱弯を用いた針付縫合糸の代表的なものとして、膵空腸吻合用のループ針「PANCLOOP」があります。
弱弱弱弯のおかげで空腸を浅く掬うことができるだけでなく、直針のように膵臓を貫通させることも可能なPANCLOOPですが、膵臓と空腸をより密着させたり、針穴からの漏れを軽減させるなど、弱弱弱弯以外にも沢山の工夫が凝らされた縫合糸です。PANCLOOPについてはまた別の機会にご紹介できればと思います。
先端形状の違い -丸針・角針・シャープエッジなど-
針先の形状は主にどの部位を手術するか、どういった手術をするかによって使い分けられます。
自分の体を触ってみると、皮膚の厚い所、薄い所、脂肪の柔らかいところ、硬いところ、、、同じ体でも部位によって様々な特徴があると思います。もちろん体内も同様で、皮膚、臓器、筋肉では全く特徴が異なりますし、たとえ同じ部位でも患者さんの年齢や健康状態によっても変わってきます。
とにかく刺さりやすい(=刺通性がいい)、何回も刺しても刺通性が悪くなりにくい、
逆に組織が裂けないようにあえて針先が丸くなっているなど、その手術に一番適した針を選んで使っているのです。
こちらが針の特徴を一覧にした表です。
針ごとの主な特徴はこのようになっています。
丸針 | 組織を傷付けずに針を進めることができる |
角針 | 刺通性が高く、鋭く組織を刺し進めることができる |
鈍針 | 先が丸くなっており、より組織を傷付けにくい皮膚には刺さらないため、針刺し事故防止にもなる |
ブランテーパー | 針先を鈍針と丸針の中間くらいの形状にすることで、刺通性を保ちながらも組織に優しい針になっている |
シャープエッジ | 丸針の組織へのやさしさと角針の刺通性を兼ね備えている |
平型針 | 台形で両端に刃がついているため、薄く広く組織をすくうことができる |
ブランテーパーとシャープエッジは当社独自の針です。 特にシャープエッジは、特殊な針先の形状によって、丸針の組織を傷付けずに針を通過させる点と角針の刺通性の高さ、2つのメリットを兼ね備えた針になっています。 その分作り方も非常に繊細で、職人が一本一本手作業で先端を削っているのです。
潰しの違い
潰しとは、針の中間部分への加工のことです。通常何も加工をしない針の断面は丸くなっていますが、それだと針を掴んだ時に滑ったりくるくる回ってしまうので、針を潰して平らな面を作ってあげることで掴みやすくします。(「潰しなし」といって、自由な角度で使用するためにあえて丸い断面のままが良い場合もあります)
一般的には針の上下部分を平らにする二面潰しを行いますが、心臓血管外科など一部の手術で使われる針には、四面潰しという、針の上下に加えて側面も平らにする、断面が四角くなるような加工を行うことがあります。そうすることで針の側面もつかめるようになり、繊細な針の操作が可能になるのです。またこの加工により、潰しなしよりも針の強度が上がるというメリットもあります。
更に当社独自の針として、断面が八角形になった「Octacus」という針が2018年に発売されました。
オクタクスはその名の通りの八角形の断面によって、把持力を保持しつつ、45度刻みで針の角度の微調整を可能にした、潰しなしと潰しありの両方のメリットを持った形状です。
こちらも心臓血管外科など、細かな針の操作が必要な手術の際に使われることが多い針です。
大きさの違い -100ミリから世界最小の針まで-
針の形状や弯曲の他に、大きさも手術を行う上で重要なポイントになります。
手術の内容や部位に合わせて大きさを柔軟に選択できるよう、当社では長さ100mmから0.8mmまでの針を用意しています。
その内、弱弯の針の一部を一覧表にしました。
0.8mmの針についてはディスプレイについたゴミと間違えてしまうほどの小ささです。38mmの大きな針と比較しても、0.8mmの針がどれほど小さいか分かるかと思います。
当社をご存知の方は「河野製作所といえば世界最小の針」というイメージを持っていただいているかもしれません。
この0.8mmの針は直径0.03mm、つまり30マイクロメートルです。人の髪の毛の直径が40マイクロメートルから120マイクロメートルと言われていますので、なんと髪の毛よりも細い針になります。
米粒との比較、写真一番上が直径0.03mmの針
この長さ0.8mmの針を始めとする小さな針を用いて、顕微鏡下で実施する手術をスーパーマイクロサージャリーと呼びます。今回はスーパーマイクロサージャリーの手術例を2つご紹介いたします。
1つはリンパ浮腫と呼ばれる、ガンの治療後に発症することがある病気の手術です。体がむくんでしまい場合によっては歩けなくなってしまう、患者さんにとってはとても辛い病気ですが、これまでは着圧ストッキングなどでリンパ液の循環を良くするいわゆる対症療法しかできませんでした。 しかしながら、当社の30マイクロメートルの針糸によって、リンパ管というリンパ液が流れる非常に細い管を静脈に吻合することができるようになり、リンパ浮腫は手術での治療が可能な病気になりました。
2つ目は再建術です。 例えば足の指を再建をする場合、太ももなどから組織を持ってきて足の指を作ります。当社の針糸が出来るまでは、深層筋という奥の方にある大きな血管しかつなぎ合わせることが出来なかったため、太ももの広範囲を切除しなければならず、患者さんへの負担も大きなものでした。しかし、当社の針糸により皮膚周辺の細い血管をつなぎ合わせることができるようになったため、患者さんの負担も軽減することができるようになりました。 このスーパーマイクロサージャリーでは、時には直径0.3mm程の細い血管同士をつなぎ合わせる必要もあり、誰にでもできるものではありません。 凄腕の針の使い手がいらっしゃるからこそ、当社の縫合針の活躍の場があるのです。
河野製作所の特徴的な針
河野製作所は縫合糸メーカーとして、医療従事者の声にこたえるべく沢山の針糸を開発してきました。(宣伝のように聞こえてしまったら申し訳ありません)
ここまでPANCLOOPに使われている弱弱弱弯やOctacusなど、当社にしかない針のご紹介をしてきましたが、その他にも最近開発した針があるので最後にご紹介させてください。
その針とは、2020年に発売を開始した新素材の針、「ACRI(アクリ)」です。
刺さりを重視して針を細くすると連続縫合時の耐久性に欠け、強度を求めて針を太くすれば抵抗が増え患者さんの負担が増えます。高強度素材に特殊な削り(加工)を入れ 「強度」と「鋭さ」を両立する為開発された針がこのACRIです。 通常の針よりも更に硬い素材を使うことで強度を高めておりますが、硬い針というのはその分加工が難しく、長年にわたる試行錯誤の末、ようやく完成しました。
すでに手術現場で使用されているACRIですが、「こんな針が欲しかった」との声を沢山いただいており、中には「パッケージを見ずとも縫合している感覚だけで、これはACRI針だ!と認識できるくらい使用感にも差がある」とおっしゃってくださる先生もいるほどです。ACRI針が広まることにより、これまで以上にスムーズな手術の進行をお手伝いできればと思います。
最後に
ここまで手術用針付縫合糸の針にスポットをあててご紹介してきましたがいかがだったでしょうか?
針の世界は本当に奥が深く、当社の針のラインナップは数千種類にのぼるため、当社ではドクターにヒアリングを行って、膨大な組み合わせの中から最適な針糸を提案しています。ミリ単位の長さや弯曲の違いが使用感に大きく影響を与える針の魅力が、少しでも皆さまに伝わっていれば嬉しいです。